1. はじめに〜山あいの村から聞こえる足音〜
南信州の最南端に位置する売木村は、標高800メートルの冷涼な・・・最近は暑いけど...高原地帯に広がる、人口460人ほどの小さな村です。古くから林業や農業を中心に営まれてきた売木村も、例にもれず、人口減少と高齢化の波に直面してきました。昭和25年には1,469人いた人口も、いまや3分の1以下。少子化、空き家の増加、担い手不足――地方が抱える課題はこの小さな村にも押し寄せています。
2. 「NEXT走る村うるぎプロジェクト」
売木村が「走る村」を掲げたのは、人口減少が加速しはじめた2010年代後半のことです。きっかけは、村の冷涼な気候と豊かな自然環境が、長距離走やマラソン競技の準高地トレーニングに適していると、ある選手が合宿地として売木村を訪れたことでした。
その姿を見て可能性を感じ、観光だけでなく、「滞在型スポーツ交流」によって村に新たな価値を生み出せるのではないか。そこから検討が始まり、2018年には村内に400メートルのトラックを備えたグラウンドが整備され、本格的に「走る村うるぎプロジェクト」が始動しました。
夏場を中心に大学の陸上部や実業団チーム、高校生のクラブなどが合宿に訪れ、村内の宿泊施設や商店の活性化にも一役買っています。

さらに毎年行われるマラソンイベント「うるぎトライアルRUN」では、累積標高600メートル※の日本一過酷?なハードコースを走り抜け、走る村うるぎを体感してもらいます。参加者はこのハードコースのやみつきになり、毎年参加される方も大勢いらっしゃいます。
「走る村」は、単なるランナーの受け入れにとどまらず、合宿を通じて売木村を知った若者たちが、再びプライベートで訪れたり、ランニング大会運営やスポーツ振興を手がける会社と個別連携協定を締結するなど、新たなステージへと進んでいます。
※累積標高とは、登った標高を合計した数値。
3. 「二地域居住」という暮らし方の提案

売木村がもう一つ注力しているのが、「二地域居住」の推進です。
村では、空き家バンクを活用した定住支援を行っていますが、それと同時に二地域居住の推進にも力を注いでいます。いままで都市部の企業と連携したワーケーション、コメ作り体験イベント等で訪れた方は、
「週末だけの村民でもいい。一度関われば、もうあなたは“うるぎの人”です」
そんな村の温かさが、多くの人を引き寄せています。単なる観光地ではなく、「もうひとつのふるさと」として売木村を選ぶ人々が、少しずつですが着実に増えています。
4. 村づくりと地域運営組織

村の持続可能な運営のためには、村内の事業者の連携強化とともに、村外の企業、大学等との連携を促進し、二地域居住や移住につなげる施策も必要です。村では行政と事業者との間を結ぶ役割を担うRMO(地域運営組織・中間支援組織)を立ち上げる準備をしています。
行政の負担を軽減しながら外部との連携を強化し、村の魅力を最大限に生かし、「これからも住み続けたい・つながっていたい」と思える村づくりを目指します。
5. 共助・共創の村づくり
地方創生を支える根本的な力は、「人と人とのつながり」です。
売木村では、「共助・共創の村づくり」を掲げ、住民と移住者、外から来た人と元からいる人が、お互いに支え合い、共に地域をつくっていく文化が根付いています。
また、「小さい村だからこそ、声が届く」「やりたいことがすぐに動き出せる」環境が、移住者や若者のチャレンジを後押しし、カフェの開業、ゲストハウスの運営、アウトドアイベントの企画など、個人の夢が地域の力となって結実しています。
共助とは、制度や仕組みだけで成り立つものではありません。日々の挨拶、ちょっとした手伝い、地域での役割の共有といった、地に足のついた関係性の積み重ねであり、売木村の創生は、この「つながり」の中から生まれています。
6. 小さな村の、大きな可能性

売木村の挑戦は、決して派手なものではありません。予算も人材も限られた中で、「あるものを活かす」「人との縁を大切にする」ことを地道に積み重ねてきました。その先に生まれているのは、確かな希望です。
かつては「村の将来が不安」と語っていた住民たちも、今では「売木村なら何かできそう」「小さい村だからこそ面白い」と、前向きな言葉を口にするようになりました。
「走る村」というコンセプトも、単なるキャッチフレーズではありません。それは、「この村は止まらない」「走り続ける」という意思の表れであり、未来への宣言です。
7. おわりに 〜村の創生は、人の創生〜
地方創生とは、土地の再生であると同時に、人の再生でもあります。
売木村では、訪れる人、移り住む人、そしてずっとここに住み続けてきた人が、それぞれの役割を担いながら、「共に生きる村づくり」を実践しています。








